ゲーム

【Jalopy】叔父とトルコへドライブ -Part 2-

ベルリン-ドレスデン 420kmの旅

ドイツの技術の賜物ことライカ601で420km離れたドレスデンに向かいます。最高時速は100km/h、少し余力を持って80km/hで走られれば、5時間余りで到着しそうです。出発したのは8:00頃なので昼を過ぎた頃にはドレスデンかな。

ドレスデンまでの道はアウトバーンなので比較的速度を出し易そうです。とはいえスペック値の0-60km/hでさえ20秒余り掛かる鈍足なので、なかなか速度が上がりません。本当に100km/hで走れるのか?という位に遅い。おまけに初日のドライブとはいえ天候は雨で少々滑りやすく大変です。

叔父はどこで産まれたのかすら知らない

車をドレスデンに向け走らせていると、叔父“Lutfi(ルトフィ)”が話し始め、GDR(東ドイツ共和国)での日々を語り始めます。生まれはGDRではなく彼自身もどこで生まれたのかすら知らないようでしたが、人生の大半をGDRで過ごしているようです。

彼が言う分離とは第二次世界大戦後のドイツについてと思われます。すぐに終わるだろうと思っていた分離という名の東西ドイツ時代は41年も続くことになり、周りの数多くの人々が東ドイツ(社会主義国)にとって都合の良い駒になるのを見てきた。それでも間もなく訪れるであろう西側との統一により、今までの生活が一変することを察しているようです。

プレイヤーに対しては、「野望は誘惑かつ毒だ。それを忘れるな。今、お前の世界は開けているんだ。」と言ってきましたが、民主主義となることで何でも自由に出来る!と言うことを伝えているのかもしれません。

昼過ぎに着くと思ってたけどそろそろ夕方

叔父の話も終わり淡々と車を走らせていると、ボンネットから小さな煙が出始め、少しパワーが落ちてきたようです。車を直したいところですが修理する為の道具を持ち合わせていないので、そのまま走らせることにしました。日差しもお昼を過ぎた感じですがオドメーターを見るとまだ250km、時計を見るともう午後4時。出発当初は昼過ぎには着くだろうと思ったドレスデンへのドライブは、未だ道半ばで出発してから約8時間。さて何時に着くことやら。

道半ば過ぎで残るガソリンは半分程度。ドレスデンに着いた途端にガス欠というのも困るので、叔父が勧めるようにガソリンスタンドに寄ってみることにしました。併せて修理する道具があるかもしれません。

ボンネットを開けて燃料補給

エンジンルームに同居する燃料タンクにガソリンを入れるためボンネットを開いて燃料補給。壊れ始めたパーツからは小さな煙がモクモク。店の中に修理キットがあれば直せるはずだけど

100マルクを片手に店を訪れたものの修理キットは無かったので、ドレスデンままではモクモクした状態で走り続けることになりそうです。燃料タンクに新たなガソリンを入れたので、それに合わせてオイルも補給します。

修理キットはなかったけど、店には50%OFFでコーヒー豆が売られていたので8個ほど購入しました。愛車のライカ601にはそこそこ広めなトランクが用意されています。Jalopyでは先へ進む(修理)為のお金が必要です。そのお金を工面するにはコーヒー豆のような商品を仕入れては他国で売却、その差額で儲ける必要があります。最も高く売れるのは禁輸品扱いとなっている国なので、もし明日訪れるチェコがその国だったらちょっとした利益になります。

店を出たらもう夜だった

店内でオイルを買ったりコーヒー豆の転売する為に仕入れ、車に積み込んで出発したら既に陽は落ちて時計を見ると午後10時。出発してからはや14時間。まだ道半ばだったはずなので、着くのは翌朝?

ドレスデンに着くのは翌朝か?と思いながら走って約1時間。ドレスデンに着きました。オドメーターを見ると300km、出発した時は420kmだったはずだけどね。ここまで来ると何が正しくて間違いなのか分からないけど、とりあえず目的地のドレスデンに辿り着きました。でも時計を見ると午後11時なので出発から15時間も経っていました。

ドレスデンの街を走らせてモーテルに到着。駐車場に車を止めて、エンジンはもちろんライトも切ります。切らないと燃料は経るし、最悪バッテリーが上がってしまいます。このあたりはリアルなので要注意。

1泊20マルクの宿泊代を払い客室の鍵を受取ると先に進む叔父。車の修理や運転すらせずにひたすら喋るだけ喋ってた叔父。部屋の鍵を開けると同時に部屋に入りそのままベッド、そしてごろんと寝転がった途端にスヤスヤと夢の中へ。少し様子を見ていると

肌身離さず持ち歩いているトランクが全開きに。中には見ては駄目そうな雰囲気の封筒が入ってる。見ても良いし見なくてもいい。ちなみに見るとSTEAMの実績が解除されます。

なんとなくだけど相棒として乗ってきた東ドイツの技術の賜物であるライカ601を所有させてあげる条件として以下のことを禁ずる。という書類かな?

  • その車両で私有財産(儲ける行為?)の輸送
  • 社会主義国以外(西側諸国)に行くこと

この条件を守ればライカ601を所有し続けられるし、守らなければライカ601は没収となる可能性もありますよ。という通知のようです。常に貴方は監視されていることもお忘れなくという念押しまでされていますね。

実際の話でもライカ601のモデル、トラバントの車を手に入れるのもかなりの年月を要したようです。西側諸国が100万単位で車を製造していたなか、東ドイツは15万台程度と製造能力が乏しかった事や自由に移動する術を持たせたくない国の意向などから車を持てる東ドイツの国民は多くは無かったようです。

とりあえず目的地のチェコとの国境近くのドレスデンには辿り着いたので、明日のドライブでチェコを目指したいと思います。それではまた。

ABOUT ME
TOSAMAKI
初めて遊んだPCゲームが「GTA London」という30代半ばのおっさんです。一人暮らしの頃の休日は、ゲームを始めちゃうとご飯も食べずに遊んじゃう駄目人間でした。今でもさほど変わらない状況なのに、嫁さんに怒られることなく今に至っております。
こちらの記事もおススメ